Monday, March 13, 2006

数年前、ある友達に初めてラーゼルというラッパーのCDを聞かせてもらったら、リズムマシンをしながら歌える事に非常に感動してしまった。

程なく大学では日本語言語学の教授がトゥーバの喉歌を紹介して、オンダールのCDを貸してくださった。

トゥーバの喉歌歌手は最大で3つの楽音を同時に出すことが出来ます。即ち、メロディーを歌いながら自分でハーモニーもやって、それにリズムも加えることです。

上記の2件以外では、口の斬新的な使い方で驚くべき音が出来る方法はあまり聞いた事がなかった。だが、数分前にユリー・レーンというサンフランシスコに滞在しているアーティストのビデオを見た。(恐らくイスラエル人なのかも知れない。)

彼はマジで凄いんだよ。

ビデオ・ストリーミング音楽を含めてマルチメディアが満載しているので興味があったら彼のウェブサイト(英語)に行ってみてください。

そして私が見て感動してしまったビデオを下でご覧ください。(フラッシュプラグインが必要)

引越し

「この家が売れるかかしら。」高草木真美が夫の裕也に不安そうに言った。
「心配せんでええで。今年こそ、売れる風が吹いてきたからな。」
「そう信じたいわ。」真美はそう言ったが、納得した様子ではなかった。
「ほら、来月は塗装業者が外観をきれいにしてくれるし、価値が上がるで。」

日ごろは高草木夫婦はとても仲が良かったのだが、長年住んでいた家が売れないせいでお互いにストレスが溜まってきた。若い頃は二人ともは農家だったが、裕也の仕事の都合で京都府の舞鶴へ引っ越したのである。裕也の故郷大阪だったが、真美は横山出身であった。

いわゆるバブル経済時代に現在の家を買うために住宅ローンを組んだが、返済できるまでとても細々と暮らしていた。二年前に裕也が糖尿病と診断され、病院に通う事が増えてきた為、京都市内に引っ越す計画を立てたが、貯金も少なく家を売れないと引っ越せない状態であった。

最近は家探しする人はリフォームされた風呂場・台所を当然なことと思っているらしく、和風の作りや爽やかな畳、美しい障子を鑑賞してくれない人が多い。不動産会社の人が何回もそう言っていた。「昭和時代の家は魅力的に思われないんだよ、今の人には。リフォームに励んで、ちょっとした投資で直ぐに売れるさ。」とも言われた。ほぼ使われていない車を売ればリフォームに十分なお金があった。

だが、裕也と真美は家を変えたくなかった。

三ヶ月も経ったが、不動産会社からは一本の電話も来なかった。真美の誕生日がやってきて、イタリア料理屋さんで食べにいったら、外国人の男性がウェーターをやっていたことにびっくりした。そのレストランは「ファゾーリズ」と言って、イタリアで料理を勉強しに留学したマスターは哲夫といって高草木夫婦の親しい友人だった。その前に行った時は女子高生がウェートレスをしていた。

「やぁ、哲夫。元気にしとるか?」と裕也が奮って{ふるって}声を掛けた。「外人さんを採用しとったんやな。」
「こいつはな、二週間前に日本に来てな、日本語を勉強しに来たらしいで。そこで先週ここにやってくるんだよ。バイトを探してるんですけど何て聞かれてな。今のウェートレスは来月で短大に行ってしもうやんけ。んで、グッドタイミングやと思って雇っちまったんよ。日本語へ勉強中だけど少し話せるから話してみてや。」

大学時代でイタリア語を勉強していた真美はちょっと考えてから「ブオナ セーラ」と言った。

ウェーターは不思議そうな顔をして、「スミマセン、イタリア語がシャベレマセン。」と答ええた。

「そうですか?じゃあ、何人ですか?」と真美がちょっと恥ずかしそうに聞いた。

「ブルガリア人です。ソフィア市から来ました。Zlatko Penchevと言います。よろしくお願いします。」

「ズラッコさん、あたしはマミといいます。この人は夫で、ユウヤといいます。どうぞよろしく。」


…つづく